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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)10420号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告 被告

第一申立 被告は原告に対し金二億円およびこれに対する昭和三七年二月一三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。 訴訟費用は被告の負担とする。 仮執行の宣言。 第一申立 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張 一、原告は昭和二一年七月二七日被告所有の別紙物件目録第一記載の土地一五〇〇坪につき使用目的をクラブ、レストラン、喫茶、料理及びこれに附随する事業を営むため建物を建築所有することと定めて被告から賃借した。賃料は坪当り月額一円であつたがその後値上げされ昭和三二年四月一日から同一六〇円になつた。但し建物敷地部分については同二四〇円である。賃貸借の期間については別に定め 第二主張 一、原告主張の土地についての原告と被告との関係は私法上の賃貸借契約ではなく、原告は被告から行政上の使用許可を受けたのであつて賃料というのは使用料である。 その余は全て認める。

はなかつた。 二、次いで原告は被告所有の物件目録第二記載の土地三〇〇坪を昭和二一年九月三日賃貸借の条件を右と同様に定めて賃借した。賃料の変更等も右と同様である。 二、一と同様である。

三、昭和二二年一一月二五日物件目録第一の(一)および同第二の土地合計七五六坪が進駐軍に接収された。被告はこの接収に際し接収解除の上は再び土地の使用ができるよう優先的処置を講ずべき旨文書で約束し、昭和二七年接収は解除になつた。 三、認める。

四、被告は昭和三二年六月二九日本件契約締結後公布された東京都条例第一四七号東京都中央卸売市場業務規程を適用し接収されなかつた物件目録第一の(二)記載の九六〇坪につき同月三〇日限り使用指定を取消す、よつてこの場所に存在する建物(物件目録第三記載)を取消ししない土地(物件目録第一の(三)記載の土地)に移転することを命ずるとの通知を原告に対してし、同年九月二二日行政代執行法により実力をもつて右第一の(二)の土地を回収し、これを同目録第一の(一)及び第二の土地と共に多数の者に使用させたため本件原、被告間の賃貸借契約は履行不能となつた。 四、認める。しかし本件使用許可の取消しは市場業務の拡大に伴う市場内の混雑激化の解消のための特別の必要と、原告が本件土地をほとんど空地のままで使用していることのためとられた正当の処置であつて、被告には何ら責任のないものである。

五、原告は右履行不能により一七一六坪の本件土地の借地権を失うに至つたので右借地権の価格と同額の損害を蒙つた。右価格は坪当り少くも一〇〇万円を下らず、総額は一七億一、六〇〇万円となる。よつて原告は被告に対し、右損失のうち金二億円及びこれに対して右金員を請求した昭和三七年二月一二日の翌日から年五分の割合による遅延損害金を求める。 五、否認する。

六、被告が本件において行政代執行法を濫用して原告の占有を奪取した行為は不法行為にも該当するので、不法行為による損害賠償請求も併せて主張する。 六、否認する。

七、かりに原、被告間の契約が、通常の民法上の賃貸借ではなく公共用財産の使用契約であるとしても、原告の使用権は私有財産であるから、被告は公共のために財産をとりあげる場合に正当な補償をなすべき義務がある。そして本件使用権の価値は前記の如く坪当り一〇〇万円を下らず、原告の損失も第五項と同様である。 七、補償の義務あることは否認する、損害額についても争う。

八、否認する。一年の期間は賃料更改の期間である。 八、本件原告の土地使用は行政上の使用許可によるものであり、使用期間について昭和二七年以降は一年として毎年期間を更新することになつていた。その最終の更新期間は昭和三二年四月一日から翌三三年三月三一日迄である。

第三立証(省略) 第三立証(省略)

理由

まず原告主張一、二の本件土地の使用関係が私法上のものか公法上のものか、即ち被告の右使用関係の解除について民法、借地法の適用があるか否かについて判断する。成立に争いのない甲第一〇号証の五、乙第六号証、第八号証の一、二、第九号証の一、二、三及び検証の結果によれば、本件土地は東京都中央卸売市場の内部にあり右市場の業務が円滑に行なわれることには重要な影響を持つ位置にあることが認められ、右事実に、成立に争いのない甲第一号証、第二号証、乙第七号証によつて認められる原告の営業がいわゆる附属営業と呼ばれるものであること、公知の事実である右市場の役割、その公共性をあわせ考えれば、本件土地はいわゆる公有財産のうち行政財産と呼ばれるものであることを認定しうる。原告は、本件土地に関する契約当時施行されていた昭和九年東京市条例第三七号東京市中央卸売市場業務規程に、土地について使用を許可する旨の規定がないので、私法上の契約関係であると主張するけれども、成立に争いのない乙第二号証の同規程四七条、五一条及びその別表、証人飯田の証言によれば、右規程は特に土地についての公法的な契約を除外する趣旨のものとは考えられず、本件土地に関する契約も右規程に基づいてされたことが認められるので、原告の右主張は理由がない。

原告は更に、右土地の使用許可により公用廃止の処分があつたと主張するが、その根拠となる大規模な堅牢建築を建てることを目的とした事実は、甲第四号証乃至第六号証、第九号証によるも単に原告がその計画を持つていたことが認められるのみであり、証人岡安、同飯田の各証言によれば被告は右計画を認可しなかつたことが認められるので、原告の右主張は認めることができない。

次に期間の点について判断する。当初の契約が期間の定めのないものであつたことは当事者間に争いない。原告は、借地法の適用を主張するけれども前認定の事実によれば借地法の適用はないものと考えられる。一方被告は主張八で昭和二七年以降期間は毎年一年となつたと主張するけれども、乙第三号証の一乃至四によつても直ちに原告が一年毎に限られた土地の使用を了承して右の書面を提出したとは到底考えられず、他に右主張するに足りる証拠はないから結局本件契約は期限の定めのないものであつたといわなければならない。

原告主張の三、四の事実については当事者間に争いがない。従つて本件履行不能において被告が債務不履行の責任を負うものであるかについて次に判断する。

本件土地は前認定のように行政財産であるがそうであるからといつて直ちに私法上の規定がすべて排除されるものとはいえない。特に本件土地の使用のような管理関係においては民法を類推適用して、被告の履行不能について同人に責があるならば、被告に債務不履行による賠償をさせるべきである。そこで、被告の主張四について考えるに、成立に争いのない乙第九号証の一、二、三、証人岡安、同飯田の各証言、検証の結果によれば本件土地の使用の取消しは被告主張の如き理由に基くものであり公益上必要があつたということが認められる。右認定に反する証拠はない。そうだとすると被告は債務不履行の責は負わないものと解するのが相当で、この点に関する原告の主張は理由がない。

右認定によれば原告主張六の不法行為による請求も又理由がないこと明らかである。

そこで進んで原告主張七について判断する。原告の本件土地の使用権については、一旦許可が与えられた以上、原告に有形の利益が認められ原告主張のように財産権と認めることが適当であるから、被告の右使用権を失わしめる行為が公益上の必要性に基づいた適法のものであつたとしても、その結果原告に対し特別の犠牲を負わせるものであるならば、憲法二九条三項の規定により被告は原告に対しその損害を補償すべき義務がある。右義務は国有財産法一九条、二四条二項の類推によつても、或は地方自治法二三八条の五の立法趣旨に照してみても認めることができるものである。

そこで右の補償額について考えてみるに、被告の使用取消処分により原、被告間の使用関係が解消した時の土地使用権の評価によるのが民法上の解除による損害賠償との権衡上からも最も適当である。従つて物件目録第一の(一)及び第二の土地については昭和二二年一一月二五日の、同第一の(二)については昭和三二年六月三〇日の時点におけるそれぞれの評価によるべきである。そして右評価については単純な借地権の価格ではなく、土地の使用関係の性質、成立に争いない乙第二号証の昭和九年の業務規程五三条、五四条、五八条による使用の制約、成立に争いない乙第九号証の一、二、三及び検証の結果により認められる原告の使用状況、使用許可の取消されていない物件目録第一の(三)の八四坪の位置、及び原告のその使用状況等を総合して判断すべきである。

しかしながら右基準に照しても本件補償額は全証拠によつても明らかではなく、その立証は不十分といわねばならない。

従つて原告の主張はこの点において理由がない。

よつて原告の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

物件目録

東京都中央区築地五丁目一番地

第一宅地 一五〇〇坪 (一)四五六坪(二)九六〇坪(三)八四坪

同所

第二宅地 三〇〇坪

同所(第一の(三)地上所在)

第三建物

木造モルタル塗瓦葺平家 一棟

建坪 五九坪

以上別紙図面のとおり

別紙

〈省略〉

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